URANOIAのこと
「URANOIA」とは、稲垣足穂の『天体嗜好症』に登場するコトバである。今回、ルーチカカ
フェ#10のタイトルに採用することになった。このタイトルに関しては実はいろいろな想い出があるのだが、
ルーチカとしては、裏の意味などは詮索せずに「天体嗜好症」「永遠癖」として採用している。
学生時代から今日に至るまでの活動や言動から、「稲垣足穂、好きでしょ」と聞かれることも少なくない。NO でもないが YES でもない。しいて言えば「足穂の姿勢と作品の断片が好き」なのだ。
好んで読む小説にはいくつか種類がある。1つはストーリー展開が面白いもの。ミステリーや推理小説なども含
まれる。もう1つは物事の捉え方とか哲学的な思想が似ていると感じる作家の作品。
それから小説の舞台が素敵な作品。
言い回しや文中で使われている漢字表記が美しい作品。
最後に、ツボなコトバが散りばめられた作品。
足穂は、この最後のタイプに当てはまる。
大学時代、近代文学を卒論のテーマにしていた友人らには破滅型私小説を好む人間が多かった。
太宰も梶井基次郎も谷崎も嫌いではないけれど、私小説に批判的だった福永武彦のほうが好きだったし、
同じ理由で近代日本文学の陰湿な体質を拒否していた足穂をかっこいいと思っていた。
特に足穂の作品に散りばめられている単語たち……
シガレット、薄荷水、ハーモニカ、ブリキ製、ニッケル、プラタナス、マロニエ、チョコレット、流星、ガス燈、
黒猫、サーカス、羅紗紙、抽斗、カフェー、風琴、ガラス箱、コンペイ糖、ヒコーキ。ガスの光で育ったような美少女、西洋少年、硝子細工のパノラマ風景、紅いランターン……。
月や星はいうまでもないがそんな断片が好きなのである。
しかし単語はこうしていくつでも挙げられるのに、肝心のストーリーについてはほとんど思い出せないのだ、『水晶物語』以外は。
そして今、『水晶物語』の中の「私」が夢中で作ったモノに惹かれ、自分も標本函を作り、
小型硝子管を調達して、活版屋にラベルを注文し、標本戸棚を購い、自分の趣味嗜好と価値観だけで完結された標本棚に仕立てるべく、鉱物標本を蒐集しているような気がするのである。
ルーチカカフェ#10のこと
ルーチカを立ち上げ、その活動のメトロノームのような役割としてルーチカカフェを開催してきて、今回が早10回目となりました。
「10という区切りの回に開催するルーチカカフェだもの、これは!というテーマにしようよ。」
そうして「天体・宇宙」という漠然としたテーマは1年以上も前に決まりました。
ルーチカを立ち上げた当初より、ルーチカカフェは「学校」(現実の学校というよりフランス映画に登場する寄宿学校や木造校舎や普遍的な夏休みのイメージの舞台となるようなもの)
「文房具」「写真(カメラ)」「郵便」など、2人の好きなものをそれぞれのテイストで具現化して持ち寄って、
1つのカフェイベントにするというスタイルでした。今回、早々に決めたテーマでそれぞれ準備を始め、
いざタイトルを決めようとした時にまずTOKOさんから挙げられたのが「天体嗜好症」あるいは「URANOIA」でした。
TOKOさんはこの2つの単語をほぼ同意語として挙げていて、それはその漢字が意味するままの解釈でした。
しかし、大学時代、文学漬けの日々を送った中で、わたしはその単語にいくつかの裏の意味を加えてしまっておりました。
「天体嗜好症」は稲垣足穂の短編小説のタイトルです。「URANOIA」はもしかすると、足穂好きな方の中にはわたしのように、この単語に別の意味を読み取られる方がいらっしゃるかもしれません。
でも、今回は完全に「天体嗜好症」というその意味どおり。「URANOIA」はこれと同義の奇妙な永遠癖の一つとして採用しています。