球体研究所はステルクララという空想の街にあります。 ステルクララのストーリーも、球体研究所もすべてフィクション(=きらら舎店主の妄想) です。

球体研究所

球体研究所所長のヴォーレンダング氏は、かつて宇宙飛行士として活躍していました。 宇宙船の円い窓から漆黒の闇に浮かぶ丸く美しい星々を眺めるのが、氏の唯一の愉しみでした。 そんなある日、宇宙船の中で青色珈琲を飲んでいた時、思わずカップを落としてしまったのです。無重力空間でのことですので、「落とす」という表現は適切でないかもしれませんが。 その時、カップから飛び出した青色珈琲の液体がそれは素敵な青色球体となって、氏の周囲を回ったのです。 「球体とはなんと美しいものなのだろう……」 その時あらためて、氏は思いました。 やがて宇宙船を降りたヴォーレンダング氏は憧憬の球体について研究をするために『球体研究所』を設立しました。

FOREST MORNING

Forest Morning 初夏。
球体研究所所長ヴォーレンダング氏は、この夏季のための「冷気」を採集しようと早朝、ステルクララの森に行きました。 鉱物屋のグリンに教えてもらった場所で「冷気」の素となる鉱物を探したのですが、どうしても見つけることはできません。
<やっぱり、グリンさんから買うしかないようだな……>
ステルクララの夏は海から吹いてくる潮風と、森から流れてくる緑風によって本当は夏でも冷房が不要です。 しかし長年宇宙で暮らしていたヴォーレンダング氏には、真夏の太陽はいささか強すぎ、肌に纏わりつくような潮風は少しだけ苦手だったのです。
そろそろ高度を増した太陽が気になってきた氏は、ステルクララの街の人々がそうしているように 室温や体温を調節する石を求めに、グリンの店を訪れました。そこではちょうどグリンが、採集してきた鉱物を磨いたり洗ったりして標本に仕立てているところでした。
「石を標本にもするのですね。」
(ステルクララでは石はもっぱら実用的に使われるので)
ヴォーレンダング氏が問いかけると
「地球がとてつもなく長い時間をかけて生んで育てた石たちは、もちろんその効用も素晴らしいものですが、 色や輝きも人間が作ったものなんかよりはるかに美しいですからね。こうして石に似合った標本に仕立てると……ね、素敵でしょ。」
グリンはそういって、いろいろな鉱物の話をしてくれました。 グリンの話はとてもわくわくするもので、ヴォーレンダング氏も自分で採集してみたくなったのです。
そうはいっても、初めての鉱物採集。なかなか難しいものでした。たくさん拾えたら素敵な標本にしてみようと思っていたのですが、夏を涼しく過ごすための石さえ、みつけることはできません。
<この歳になって、慣れないことはするものではない……か。>
しかし、ふと、氏は思いました。
<そうだ。わたしはこの街の光や風をマーブル化して標本を作ろう。>
これまで氏は、ただ球体を世界中から蒐めては分類して保管していましたが、 この時から球体の結晶化を始めることにしたのでした。
早速、早朝の森で、幾重にも重なった葉を透かして差し込む木漏れ日と葉陰を採集しました。 そして研究所に戻ってマーブル化しました。出来上がったマーブルは、光の強い部分が白く、 葉を透かした光は透明な緑色に。葉陰は黒く、色が定着しました。


SEA DROP

SEA DROP 夜更け。
グラスを片手に宇宙飛行士時代に撮影した星々の写真を眺めているうちに、 思いがけず時間が過ぎてしまいました。
ステルクララの夜はとても静かです。
あまりに静かで、少しだけ寂しい気持ちになった氏は、波の音を聴くために海辺へ出かけました。 海へ着くとそろそろ夜が明ける時刻でした。空は青く輝き、波も砂もみな青く染まっていました。水平線のすぐ上にはそろそろ沈みそうな満月が、揺れる海面を照らしていました。
<そうだ……>
氏はバッグから採集壜を取り出して青く染まった海水をすくいました。 これをマーブル化してみたところ、光が届かなかったところが暗く、月の灯を反射して煌いていた波頭の飛沫が白い筋となりました。

LAKEWATRE DROP

LAKEWATRE DROP 夜明けの海の水滴は、とても美しいマーブルに仕上げることができました。液体は風や光よりマーブル化しやすいのかもしれません。
そこで、今度はステルクララの北東にあるという「蒼の湖」に出かけてみました。
森は深く、途中で何度も迷いそうになったのを妖精たちに助けられて、ようやくその湖に辿り着くことができました。湖の上はぽっかりと空が開け、湖面はキラキラと輝いていました。
早速、この湖水を採集して持ち帰り、マーブル化をしたところ、 不思議なことが起こりました。湖水は透明で青く澄んでいたのですが、出来上がったマーブルには緑色の筋が入っているのです。緑の筋は光をわずかしか透さないほど濃いものもあれば、新緑のように明るいものもありました。
その緑の素が何であるのか、現在もまだ調査中です。湖に繁殖している藻なのか、湖に移りこんだ葉影なのか、まだ不明です。

FOREST MIST

Forest Morning ヴォーレンダング氏が風や光を集めてマーブル化することを始めたよりももっと前から、鉱物屋のグリンは同様に雨滴や空の青を集めて結晶化して石を作っていました。グリンは「地球が永い年月をかけて作った鉱物にはかなわない」と言っていましたが、グリンが作った人工結晶は採集してきた鉱物と区別がつかないほど繊細で精巧でした。ヴォーレンダング氏は、その技術がマーブル化にも役立つかもしれないと、この春、グリンに協力してもらって、森に流れる朝靄をマーブル化してみることにしました。
「朝靄は気温が上がると消えてしまうから、早朝、素早く集めなければならない」
「しかし、あまり急いで集めると採集壜の中で気化して消えてしまう」
朝靄は思いのほか、扱いが難しいものでした。 せっかく壜いっぱいに採集したのに、持ち帰る頃には壜の底にわずかになってしまうのです。
そこで、キンキンに凍らせた採集壜で朝靄を集め、それをすぐに冷凍箱に入れて保管するという作業を数日続けました。 これがある程度溜まった頃、凍っている朝靄を室温で溶かし、それをマーブル化しました。すると、結晶化する際に大量の熱を放出し、表面が再び凍りついたのです。結晶化した後もなお、表面は凍りついたままとなりました。

AUTUMN TREE

Forest Morning ステルクララにある球体研究所の前には大きなプラタナスの樹が、研究所の窓に心地よい葉陰を落としています。 秋になると陽の当たる部分から、暖かい色に染まっていき、やがてブローチのような実を付けます。
今年もそんな季節がやってきたようです。
ヴォーレンダング氏は研究所の2階の窓から身を乗り出し、特別な収集網を振り回し、プラタナスの色づいた葉やとげとげの実や、やがて訪れる冬に備えて緊張気味の細い枝の周りに踊る色や光を集めました。
時折、窓の下を子供が通ると、わざと網で実をはたき落としてみせます。
突然振ってきた実に子供たちは驚き、落ちた実を拾って歓声を上げます。
宇宙で仕事をしていた時は地球との交信以外、ずっと独りで、誰かと話すこともなかったので、 子供たちの笑い声は、不思議な音楽のように、ヴォーレンダング氏の耳に響きました。
こうして、採集壜いっぱいに集めたところで、マーブル化させます。 鮮やかなオレンジの筋は紅葉の色。ちょっと黒っぽい筋は実か枝の色です。 ただ、実を落として遊んだり、鳥たちが枝で休もうとやってきた時はかなり遠慮しながらの収集だったせいか、 たくさんの秋の透明な空気も取り込んでしまったようです。

SNOW MORNING

SNOW MORNING ヴォーレンダング氏は、ある冬の朝、寝室の窓があまりにも明るいのでいつもより早く目が覚めました。
まだ陽が昇ったばかりの時刻にもかかわらず、カーテンを通して窓外の明るさで部屋が白く輝いていました。
眠い目を擦りながら、カーテンを開けると、そこは一面の銀世界でした。 一年を通して、そこそこ温暖なステルクララの町では珍しい雪の朝でした。
家々の屋根や木々に積もった雪の上を光の分子がキラキラと躍っているようでした。
早速、氏はマーブル化のための収集壜に光を集めました。

真っ白に仕上がったマーブルは時々、淡いピンク色の光を帯びます。 目には見えなかった春が、もうすぐそこまで来ているのかもしれません。

DAYBREAK

DAYBREAK ヴォーレンダング氏は、夜と朝の隙間の時刻が好きです。
地球上で、朝と昼の間、もっと詳しく言えば夜が朝に変わる直前と夕が夜に変わる直前の、数分、青く輝く空の色が好きなのです。
夕刻にはわざと部屋の電灯をつけずに窓から見える空を眺めていると、昼の光が薄くなり、やがて茜色に染まり、それがだんだんと青色に変わっていきます。空から茜色が消えた瞬間には町も部屋の中も青色に染まります。
しかし、一人で眺める街の電灯が少し切なく感じることもあり、真っ暗な夜空が白み、やがて東から青い光が空を包んでいく時のほうが安らかな気持ちになります。

そこで、雨の日でもこの光を眺めることができるように、マーブル化してみようと思いました。

この時間の海では美しく青いマーブルができました。ならば、毎日自分が眺める、この窓からの空の輝きはマーブル化したらどんなものになるのか・・・・・。

空は確かに青色でした。
しかし、タイミングが遅れたのでしょうか。光ばかりが凝縮してしまったのでしょうか。
宇宙へ続く輝き始めた空がそのまま小さな球になったような、黎明の光が不思議な光沢を醸し出したマーブルとなりました。

青色や赤色、金色に輝きます。
個体差もあるようですが、氏はふと、昔働いていた宇宙空間でみた風景を思い出したのでした。

FORESTFAIRY & 妖精の風球

DAYBREAK ステルクララの町のはずれには広く広がる森があります。
森は内地と、半島のようなステルクララを隔てるように深く、さらに奥に向かって緩やかな坂となっていて丘の稜線は内地との境界線にもなっています。
この深い森には妖精と呼ばれる種が棲息していて、森の生態系を守っています。

球体研究所の所長、ヴォーレンダング氏は時折、さまざまな手土産と食料を持参して森の奥にある天文台に住む友人を訪ねます。食料を携帯するのは、天文台への往復には一日では叶わないため、自分の食料として往路帰路の2日分が必要となるからです。
しかし、長く宇宙で働いていた氏は、引退した現在でも、宇宙で過ごした時間のつもりで、天文台を訪ねる時にも、あまりたくさんの食料は携帯しません。宇宙では無重力が基礎代謝量を下げる上に、特殊なエアーに満たされた宇宙船の船内ではほんの少しの水分だけで何日も過ごすことができ、また、食欲は睡眠時間中に満たされるシステムとなっているためです。

この日も、友へのお土産はリュックにたくさん詰め込んだものの、自分の食料は(食料と呼んでいいのかもわからないのですが)、珈琲と琥珀色の酒だけでした。

朝早く家を出発し、時折、切株や倒れた樹を椅子にして珈琲を飲みながら森の中を歩き続けました。
美味しい湧水は豊富にありましたが、暖かい季節に見つけることができる木の実はまったくみつかりませんでした。
夕刻近くになって、疲労と空腹で常緑樹の葉影から時折見える天文台を眺めながら、その場に座り込んでしまいました。

すると、透きとおった翠色の翅を持った小さな妖精が座り込んだ氏の膝の上にちょこんと止まりました。
そして、背後に回して、再び差し出した小さな腕には、小さな(妖精にしては大きな)球が乗っていました。
小さな妖精は「食べる」動作をして見せました。

爽やかな香りがするその球を口に入れると、体に力がみなぎってきました。
空腹もほとんど感じなくなりました。

氏は球のお礼に、夕暮れの光に輝く妖精の翅の周りで踊る風を球に固めて、彼(彼女?)にあげました。

天文台について、酒を呑みながら、館長にその話をすると、館長は楽しそうに笑って小さな壜を持ってきました。
そこにはさきほど、ヴォーレンダング氏が妖精からもらったものと同じ球がいくつか入れられていました。

「これは妖精の風球(かざだま)だよ。春の息吹を詰め込んだもので、空へ投げるとその辺り一面、春になるんだよ。それを呑んだのだから、確かに元気が出るだろう。僕は天文台の上から、妖精が春にし損なっている部分を見つけて、これを投げることを頼まれているんだけどね。」

そういいながら、館長はブラックライトでその球を照らしました。
すると淡い桃色をした球は爽やかな翠色に変わりました。

妖精の風球/きらら舎

POLARIS

POLARIS 決して若くはない2人の紳士は、天文台のドームの上でグラスを片手に夜空を眺めていました。
ドームの中には大きな望遠鏡があるのに、わざわざドームの上に小さな凹みを作って、そこで空を眺められるようにしてあるのです。

「君は長い間、あそこに居たんだねえ。」
「宇宙での任務は星の軌道上までの往復は時間を操作して、地球時間ではほとんど一瞬だから、こうして地球から宇宙を眺めていると、夢をみていたような気がするんだ。」

「北極星の周りをまわっていた時に、一度メッセージをくれたね。」

「大きな満月を見ているようで、本当にきれいだったからね。」

「どうだい? 今、あの星の光をマーブル化してみないか?」

館長の言葉に、思い出したようにポケットからマーブル化のための壜を取り出して、一晩中、北極星の光を集めました。

白く輝く光に、どこか冷たい光が筋のように入り込んだ球となりました。

CrepuscularRays

CrepuscularRays 球体研究所所長のヴォーレンダング氏は家族もなく、長い間宇宙で一人で暮らしてきましたので、人と接することが少し苦手です。
そんな氏の唯一ともいえる友人がステルクララ天文台の館長。しかし、その館長が最近、何か気に病んでいることがあるのか元気がありません。そういう時にどう声をかけたらいいものかと思案しても、まったくいい考えは浮かびませんでした。
心配を抱えたまま就寝したため、夜明け前に目が覚めてしまいました。 そこで、氏は気分転換に海辺までやってきました。空は青く輝き、夜明けが近いことを告げていました。規則正しい波の音がとても懐かしい記憶を引き寄せてくるようです。
その時、輝きを増した空から数筋の光が水平線へ降りてきました。それは雲の間から漏れる薄明光線、天使のはしごでした。見た者に幸運をもたらすともいわれています。
(・・・・・そうだ!)
氏はいつも携帯しているマーブル化のための壜をその光に向けました。 そして、そのまま研究所に持ち帰り、光をマーブル化するための箱にしまいました。
数日後、壜の中にはいくつかのマーブルが生まれていました。 確実にマーブル化させたいと思ったため、いつもより少し長い間置いたため、青色が深くなったようですが、光の部分は白い線となっています。 光に翳すと、あの朝の空の輝きのように青色が輝きました。 本来、光だった部分が確かな筋となり、空の輝きが青い光となった不思議な標本ができました。