球体研究所/FORESTFAIRY & 妖精の風球
ステルクララの町のはずれには広く広がる森があります。
森は内地と、半島のようなステルクララを隔てるように深く、さらに奥に向かって緩やかな坂となっていて丘の稜線は内地との境界線にもなっています。
この深い森には妖精と呼ばれる種が棲息していて、森の生態系を守っています。
球体研究所の所長、ヴォーレンダング氏は時折、さまざまな手土産と食料を持参して森の奥にある天文台に住む友人を訪ねます。
食料を携帯するのは、天文台への往復は一日では叶わないため、自分の食料として往路帰路の二日分が必要となるからです。
しかし、長く宇宙で働いていた氏は、引退した現在でも、宇宙で過ごした時間のつもりで、天文台を訪ねる時にも、あまりたくさんの食料は携帯しません。
宇宙では無重力が基礎代謝量を下げる上に、特殊なエアーに満たされた宇宙船の船内ではほんの少しの水分だけで何日も過ごすことができ、また、食欲は睡眠時間中に満たされるシステムとなっているためです。
この日も、友へのお土産はリュックにたくさん詰め込んだものの、自分の食料は(食料と呼んでいいのかもわからないのですが)、珈琲と琥珀色の酒だけでした。
朝早く家を出発し、時折、切株や倒れた樹を椅子にして珈琲を飲みながら森の中を歩き続けました。
美味しい湧水は豊富にありましたが、暖かい季節に見つけることができる木の実はまったくみつかりませんでした。
夕刻近くになって、疲労と空腹で常緑樹の葉影から時折見える天文台を眺めながら、その場に座り込んでしまいました。
すると、透きとおった翠色の翅を持った小さな妖精が座り込んだ氏の膝の上にちょこんと止まりました。
そして、背後に回して、再び差し出した小さな腕には、小さな(妖精にしては大きな)球が乗っていました。
小さな妖精は「食べる」動作をして見せました。
爽やかな香りがするその球を口に入れると、体に力がみなぎってきました。
空腹もほとんど感じなくなりました。
氏は球のお礼に、夕暮れの光に輝く妖精の翅の周りで踊る風を球に固めて、彼(彼女?)にあげました。
天文台について、酒を呑みながら、館長にその話をすると、館長は楽しそうに笑って小さな壜を持ってきました。
そこにはさきほど、ヴォーレンダング氏が妖精からもらったものと同じ球がいくつか入れられていました。
「これは妖精の風球(かざだま)だよ。春の息吹を詰め込んだもので、空へ投げるとその辺り一面、春になるんだよ。それを呑んだのだから、確かに元気が出るだろう。僕は天文台の上から、妖精が春にし損なっている部分を見つけて、これを投げることを頼まれているんだけどね。」
そういいながら、館長はブラックライトでその球を照らしました。
すると淡い桃色をした球は爽やかな翠色に変わりました。