ステルクララには球体研究所があります。
所長はヴォーレンダング氏。
かつて宇宙飛行士として活躍していました。
宇宙船の円い窓から漆黒の闇に浮かぶ丸く美しい星々を眺めるのが、氏の唯一の愉しみでした。
そんなある日、宇宙船の中で青色珈琲を飲んでいた時、思わずカップを落としてしまったのです。
無重力空間でのことですので、「落とす」という表現は適切でないかもしれませんが。
その時、カップから飛び出した青色珈琲の液体がそれは素敵な青色球体となって、氏の周囲を回ったのです。
「球体とはなんと美しいものなのだろう……」 その時あらためて、氏は思いました。
やがて宇宙船を降りたヴォーレンダング氏は憧憬の球体について研究をするために『球体研究所』を設立しました。
きらら舎は、もともと、小石川植物園の中にある東京大学総合研究博物館 小石川分館(旧東京医学校)をイメージし、各部屋にカテゴリーをあてていったのです。
そのために、鉱物標本は、第壱標本室とか、古物は時の標本室などと名付けていきました。だから球体標本をきらら舎のカテゴリーに入れる時、球体研究室という名称になりました。
カテゴリーに標本室や部屋の名前を付けることで、お客さまがそこを訪ね、商品を選ぶだけではなく、そのエピソードなども楽しんだり、たとえば、蛍石を八面体に割ってみたりなどの体験も盛り込んでいこうと考えたのです。
その時に商品化したもののエピソードを記録しておきます。
写真はかなり解像度が低いものしかないので、再度商品セットができたら、撮影しなおします。
FOREST MORNING
初夏。
球体研究所所長ヴォーレンダング氏は、この夏季のための「冷気」を採集しようと早朝、ステルクララの森に行きました。 鉱物屋のグリンに教えてもらった場所で「冷気」の素となる鉱物を探したのですが、どうしても見つけることはできません。
< やっぱり、グリンさんから買うしかないようだな・・・ >
ステルクララの夏は海から吹いてくる潮風と、森から流れてくる緑風によって本当は夏でも冷房が不要です。 しかし長年宇宙で暮らしていたヴォーレンダング氏には、真夏の太陽はいささか強すぎ、肌に纏わりつくような潮風は少しだけ苦手だったのです。
そろそろ高度を増した太陽が気になってきた氏は、ステルクララの街の人々がそうしているように 室温や体温を調節する石を求めに、グリンの店を訪れました。
そこではちょうどグリンが、採集してきた鉱物を磨いたり洗ったりして標本オブジェに仕立てているところでした。
「石をオブジェにもするのですね。」
(ステルクララでは石はもっぱら実用的に使われるので)
ヴォーレンダング氏が問いかけると
「地球がとてつもなく長い時間をかけて生んで育てた石たちは、もちろんその効用も素晴らしいものですが、 色や輝きも人間が作ったものなんかよりはるかに美しいですからね。こうして石に似合った標本オブジェに仕立てると・・・ね、素敵でしょ。」
グリンはそういって、いろいろな鉱物の話をしてくれました。
グリンの話はとてもわくわくするもので、ヴォーレンダング氏も自分で採集してみたくなったのです。
そうはいっても、初めての鉱物採集。なかなか難しいものでした。
たくさん拾えたら素敵な標本にしてみようと思っていたのですが、夏を涼しく過ごすための石さえ、みつけることはできません。
<この歳になって、慣れないことはするものではない・・・か。>
しかし、ふと、氏は思いました。
< そうだ。わたしはこの街の光や風をマーブル化して標本を作ろう。 >
これまで氏は、ただ球体を世界中から蒐めては分類して保管していましたが、 この時から球体の結晶化を始めることにしたのでした。
早速、早朝の森で、幾重にも重なった葉を透かして差し込む木漏れ日と葉陰を採集しました。
そして研究所に戻ってそれをマーブル化しました。
出来上がったマーブルは、光の強い部分が白く、 葉を透かした光は透明な緑色に。葉陰は黒く、色が定着しました。
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